ダチ
小3の夏休み明けの9月、隣のクラスに女の子が転校してきた。背が低くてキツネ顔で、天然パーマの長い髪の毛を前髪とまとめてポニーテールに引っ詰めた女の子。
どうやら俺の家の近所に引っ越してきたらしく、俺は自分から転校生に声をかけるタイプではないのに、近所に女の子の友達が出来るかもしれないのが嬉しくて帰り道に追いかけ回して声をかけた。ものすごく遠い所からおーいと叫んでランドセルと給食袋をガッチャガッチャ言わせて走って追いついた。めちゃくちゃにドン引きされたのをよく覚えている。けれど、毎日一緒に帰って毎日遊ぶ友達が欲しかったのだ。
それから俺と彼女は友達になった。平日も土日も関係なく遊んだし、毎日一緒に帰った。彼女の家でゲームをして遊んだり、近所の草むらや駐車場で色んなクソどうでもいい遊びをした。彼女は基本俺が提案することに頷いたし、彼女からこれがしたいあれがしたいと言い出すことはまず無かった。
仲良くなると色んなことを教えてくれた。妹がいること、ゆきちというオッドアイの白猫を飼っていること、幽霊が見えるということ、母親が彼氏を作っていつも家に呼んでいること、父親がいないこと…俺は彼女に父親がいないことなどどうでも良かったし、本当に幽霊が見えるのかもどうでも良かった。
中学生になって、俺と彼女は美術部に入った。夏に彼女の絵が賞をとった。俺は彼女に「風景画はすごく得意なんやね」と純粋に思ってそう伝えた。人物画も上手かったけれど、賞をとるくらいだから風景画はもっとすごいね、と。けれど彼女は「あみちゃん人物画「は」上手いのにね」と変な顔で言い放った。多分俺が嫌味を言ったと勘違いして言い返したのだ。今までそんな彼女を見たことがなくて、俺は何も言えなかった。
彼女はいつも俺の少し上を生きていた。テストの点やスポーツの成績にしても、なんでも。俺は一生懸命やってそれだから、彼女のことをすげーなといつも思っていた。悔しいとは思わなかった。彼女は俺の少し上から、ほんの少し得意を滲ませて「あみちゃんと一緒だよ」と控えめに笑っていた。
高校は別々になった。俺は美術の推薦で絶対に行きたい学校があって、無事に合格した。しかし彼女は目指していた高校に落ちた。塾に行ったり生徒会に入って内申点や偏差値を上げて推薦を貰ったのに落ちた。一般入試でも合格は叶わなかった。多分この頃から彼女はおかしくなった。
高校が別々になっても、半年に1回は2人で会ってお菓子を食べながらお喋りをした。彼女はしきりに「あみちゃんと同じ高校に行けばよかった」と話した。「楽しそう、楽そう」とも話した。男の話になれば「○○って子の彼氏に言い寄られて困ってる」とか「○○先輩のこと、彼女がいるのに好きになっちゃった」とかそういうことばかり話した。絵ばかり描いていた俺は彼女の話が刺激的で前のめりになって話に夢中になった。彼女は小さくて控えめだから、男が寄ってくるんだなぁ、可愛いって羨ましいなすごいなと思っていた。多分違った。彼女は女がいる男ばかり狙っていたんだと今は分かる。
高3になると彼女は出会い系でパパ活を始めた。クローゼットの中身をあけて、これはこんなおじさんからこんな理由で買ってもらった、とかわいい服をたくさん見せてくれた。封筒に入っているお金や、おじさんとのやり取りも見せてくれた。おじさんと食べた高級料理の写真も。俺は本当にバカなので止めようともしなかった。好きでやっているんだから良いだろうと思った。寧ろあみちゃんもやってみなよと言われて出会い系をダウンロードした。バカなのですぐにBANされた。
高校を卒業すると俺は絵は関係なく中小企業に就職した。彼女は看護の専門学校に入学した。進路が全然別になっても、やっぱり彼女とは仲良くしていた。たまにLINEを無視されたりドタキャンされたりしたけれど、彼女はそういうところがあるからと割り切っていた。
就職してから俺はこのアカウントを稼働させて、北九州のフォロワーとセックスばかりしていた。社会人は思ったより暇だった。
彼女とのおしゃべりは、セックスの話で持ち切りになった。こんな男がいたとか、こんなことをしたとか。彼女は高校の時の家庭教師とセフレ関係になって、今も続いているらしかった。大好きだと言っていた。
こんなことがいつまでも続くんだろうなと思っていた。今年の2月も会ってお喋りをした。俺は彼女に今年就活だね、頑張ってね!と言った記憶がある。看護師さん大変だろうね、いじめとかあったらやだねと笑いあった。つい先月も彼女と会おうと連絡をするとドタキャンされてしまって、けれど彼女は就活で忙しいんだろうと思ってそれきり連絡はしなかった。
今日コロチンを打つために親が接種会場に送ってくれた。「アンタあの子留年してるらしいよ、もう看護学校辞めるって」と彼女の親から聞いた話を教えてくれた。びっくりしすぎて声が出なかった。就活をしているはずの彼女はまだ1年生だったということではないか。去年も一昨年もそんなことは話していなかった。それに聞けば精神病院に通っているらしい。
ああと思った。だからこの前は会ってくれなかったのかと。就活うまくいってる?どこの病院に勤めるの?俺が仕事で関わってる病院だと面白いね!なんて話をするつもりだった。
話せなかったのだろうと思う。彼女は控えめで自分の意見を主張しない割にものすごくプライドが高いから。彼女とて、留年していることを俺が馬鹿にしたりしないと分かっていただろうが、そういう話ではないのだ。いつも少し上から俺を笑っていたというプライドがあるのだ。親からは絶対に知らないふりをしなさいよと釘を刺された。
俺は色々な気持ちが混ざって悲しくって、彼女に会いたいと思う反面、「あみちゃんと一緒だよ」と俺を薄くバカにしていた彼女が、本当に俺と同じ高卒のバカ女になってしまうことが嬉しくて面白かった。